2012年12月3日月曜日

ニナ・リッチのヘッドデザイナーとして活躍するパリの日本人デザイナー。大森美希さん

パリのメゾンでは、もちろん活躍している日本人の方たちはたくさんいます。
でもその多くは、モデリストやパタンナーとして、実際に服作りをするアトリエでの仕事。
スタジオといって、主に服のデザインや素材を考える部署でデザイナーとして働くのは、フランス人だとしても、相当むつかしい。そんな中でも、ニナ・リッチのヘッドデザイナーとして、スタジオのデザイナーたちをひっぱり、アーティスティック・ディレクターの右腕として活躍している日本人女性がいます。
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パリの老舗メゾンを渡り歩き、キャリアアップを果たす日本人デザイナー
大森美希さん。12年前フランスへ来て、スタジオ・ベルソーに1年在籍。その後は、バレンシアガでデザイナーとして働き、続いてランバンで去年まで働いていました。もっとキャリアを上げるためにランバンを去りますが、去年ニナ・リッチのヘッドデザイナーに。4、5年を目処にメゾンを移っていった方がいい、というフランス人の友人からの助言をもとに行動し、着実にキャリアアップをしています。
私はランバンで部長さんから美希さんを紹介してもらってから、ビザのことなど相談にのってもらっていました。スタジオとアトリエは階も違うし、なかなかお会いすることができなかったのですが、階段でばったり会ったときなどは、いつも優しく声をかけていただいたり、立ち話をしたりできたことは、とてもうれしかったのを憶えています。
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ニナ・リッチのコレクションのバックステージで photo:大森美希さん提供
パリのコレクションブランドで、デザイナーとして活躍するためには
前回のコレクションが終わったところで、久しぶりに美希さんにお会いしてきました。
私は、パタンナーとして働いているので、あまりデザイナーのことは詳しくはないのですが、パリの老舗メゾンのデザイナーとして働く日本人は、美希さん以外ほとんど聞いたことはありません。フランスへ来て10年以上もトップメゾンを次々とキャリアアップをしながら移り、そして地位を確立していくというのは、壮絶な努力と覚悟がないとできない、
お話を聞いていて、そう感じました。
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ランバンのコレクションのバックステージでの美希さん photo : vogue japan
「毎年次々と才能ある若いデザイナーたちがやってきて、その人たちとやり合っていかなくてはいけなく、息つくひまがない、落ち着いていられない、走り続けていなくてはいけない。それでも続けていけるのは、この仕事が好きだから。」そう語る美希さん。それに、「華やかな世界を夢見てやってきても、この大変さに耐えられるだけの覚悟はなく、諦めて帰って行く人がどれだけ多いことか。」ということも。
また、高い能力の即戦力を求められるスタジオのような場所で必要とされるには、「自分の居場所を見つける、作り出す、というのも、重要。」ということでした。「スタジオの全体を見渡して、仕事の流れを把握し、どこで何をすればもっと良くなるか見つけ出して、それを自分の仕事として直々に提案する。そうすることで、自分の居場所を確保しなけばいけない。」それは、どんな仕事場でも重要なことかもしれないけれど、それを察知するには仕事中に常にアンテナをはっていなくてはいけないし、一瞬でも気の抜けない現場なんだろうと、想像できます。
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ランバンのコレクションのバックステージでの美希さん photo : vogue japan
私は、コレクションには関わる仕事をしているわけではないので、モード界の第一線で活躍する美希さんのお話を聞くことができて、とても興味深かったです。私もパリに来てもう3年になりますが、身の引き締まる思いでした。
常に様々なトップメゾンからヘッドハンティングの連絡が飛び込む美希さんですが、将来はメゾンのトップに立つ、アーティスティック・ディレクターになるのを目標にしているそう。これからの美希さんの活躍にはすごく期待しています!!
そして、美希さん、最近ブログを始めています。
こちらもぜひ!
http://blogs.elle.co.jp/mikiomori/

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