2014年6月18日水曜日

ロンドンのバービカンセンターに、ジャン=ポール・ゴルチエのクチュールドレスが勢揃い!

この前の週末に遊びに行ったロンドンの続きです。大学の先輩に連れて行ってもらった、バービカン・センターで、ロンドンで初めてとなるジャン=ポール・ゴルチエの大回顧展がやってました。バービカン・センターというのは、第二次世界大戦で焼け野原となった一帯を戦後復興計画の一環として、1982年にエリザベス女王の名の下にオープンしたロンドン最大の芸術と住居の巨大な複合施設。劇場、映画館、ギャラリー、カフェやレストランまであり、住居施設には約4000人が暮らしています。ロンドンの人たちにすごく人気な分譲住宅みたいで、全然空きがない状態なんだそうです。そんな場所にある、ギャラリーで行われていた、ゴルチエの展示です。
Jean Paul Gaultier Installation
Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
70年代の初めてのファッションショーで、「ファッションの異端児」と世界中のメディアから騒がれてから、モード界の重鎮、そして最も偉大なファッションデザイナーの一人と数えられるまでになった現在まで。ゴルチエの歩んできたファッションの世界のほぼすべてを網羅し、パリコレでもコラボしているヘアスタイリストのオディール・ギルバートによる幻想的なヘアスタイルの165体ものマネキンが登場しているとっても贅沢な展示でした!
Jean Paul Gaultier Installation
 Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
Jean Paul Gaultier Installation
Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
上の写真のようなファッションショーを模した、回転寿司みたいにぐるぐるまわってくる装置がありました。こういう完璧じゃない手作り感を残してるところにも、なんかユーモアがあり、バービカンセンターの90年代の雰囲気と相まって、いい空間を作り上げてました。
29_The Fashion World of Jean Paul Gaultier - From the Sidewalk to the Catwalk, Barbican Art Gallery, Credit Mark Allan
 Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
Jean Paul Gaultier Installation
Jean Paul Gaultier Installation
 Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
ロンドンにすごく思い入れがあり、パリ以外ならロンドンに住みたいと思っているくらいにロンドンで展覧会をするのをとっても楽しみにしていたゴルチエらしく、パンク!ロンドン!を全面に押し出した作品が並んでました。そしてマネキンの何体かには、顔に映像が映し出され、ものすごくリアルに話をしている姿が気味が悪くて、そこがまたよかったです。
Jean Paul Gaultier Installation
Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty 
Jean Paul Gaultier Installation
 Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
40年にわたって、映画、音楽、絵画、様々な分野の伝説的なアーティストたちとコラボレーションを遂げてきたゴルチエ。1990年のマドンナのワールドツアーで来た衣裳や、カイリー・ミノーグのステージ衣裳、『キカ』、『私が、生きる肌』などのペドロ・アルモドバル監督映画の衣裳などなど、アイコニック的なピースも存分に取り上げられてました。それから、私が一番気になったのは、89年に出した、ゴルチエのインタビューの録音を曲に編集したアルバム、『 ‘Aow Tou Dou Zat’(How To Do That)』のフランス人映像作家ジャン・  バプティスト・モンディーノが手がけたミュージッククリップでした!
また、マネキンの周りを覆う壁に掛けられた、フォトグラファーの、デビット・ラシャペルピーター・リンドバーグピエール・エ・ジルハーブ・リッツ、シンディー・シャーマンらによるビジュアルイメージは必見です。
Jean Paul Gaultier Installation
Barbican Art Gallery,  © Matthew Lloyd-Getty
お針子さんだった祖母の影響でファッションの道に進んだゴルチエ。彼女が普段から身につけていたコルセットに子どもの頃から興味を抱き、20年後にはコルセットのドレスを作るようになります。ゴルチェの子どもの頃の大切にしてきたぬいぐるみや思い出の品々も展示されたのは、とても素敵でした。
 [youtube=https://www.youtube.com/watch?v=wPlw3hHlfm4]
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この展示は、2011年にモントリオールで始まり、ニューヨーク、マドリード、ストックホルムを旅し、ロンドンのバービカンセンターにやってきました。なんと来年の春にはパリに来る予定なのだそうです。フライングして観てしまいましたが、パリの展示も楽しみに待っていようと思います!!

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2014年6月11日水曜日

ポール・スミスの40年の軌跡とクリエーションの秘密を明かす!「Hello, My Name is Paul Smith」展

先週、連休を使って友人たちに会いにロンドンへ遊びに行ってきました!今回初めてユーロスターというパリとロンドンを結んでいる列車を利用しました。2時間半弱で行けちゃうなんて、新幹線みたいで、時差も1時間しかないから国内旅行の気分。10年ぶりくらいのロンドンで、すっかり忘れてしまってたのですが、第一印象としては、パリよりも清潔だったのに驚きました。同じくらいの生活レベルのヨーロッパの国でも、パリは群を抜いてメトロが危険で汚いってことを改めて思い知らされました。
しょんぼりしてメトロを出て、街を散策してました。たまたま訪れた美術館でモード関連の面白い展示に二つ出会えたので紹介します。
初日に行ってきた、デザイン・ミュージアムでは、"Hello, my name is Paul Smith"展が開催されてました。ポール・スミスのウィットのきいた美しいクリエーションの世界を体験できる楽しいエキシビションでした!去年の11月から始まっていた展示です。
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壁一面にぎっしり飾られている、ポールのお気に入りの絵画や写真、イラストは、デザインインスピレーションのもとになっているもの。ポールが自ら選んだアーカイブをめぐって、デザインプロセスの謎をちょっとずつ明かしていきます。ノッティンガムの3m×3mという小さなスペースから始まり、現在の世界中での活躍まで、彼が歩んできた軌跡を追っていく、ポール・スミスのブランドの40年間の魅力がいっぱい詰まった展示内容でした。
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ポールの等身大パネルと一緒に写真を撮ることができます!こういうの楽しい。
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ポールの書斎が再現されていて、面白そうな本がたくさん詰め込まれた棚があり、おもちゃやオブジェも所狭しと並べられ、子どもの頃の夢が、プロの自転車レーサーになることだったポールに欠かせないロードバイクが壁にかけられたり、懐かしい古いiMacまで細かい演出まで。こんなところで普段過ごしているんだっていうとっても温かい雰囲気が感じられる、素敵な空間。
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現在では、メンズはパリコレクションで、ウィメンズはロンドンコレクションで毎シーズン発表しているポール・スミスですが、1976年にパリのホテルのスイートルームで メンズコレクションを発表したことから始まりました。ブランドの出発点を表現した、イラストの家具がとってもかわいい部屋。
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こちらは、アトリエの様子。天井には、膨大なパターンが吊られ、生地や糸のサンプルやデザインイラストがちらばって、ポール・スミスのアイテムが生まれてくる中核の場所。
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これまでのパリコレクション、ロンドンコレクションのインヴィテーションの数々。インヴィテーションって、ブランドの個性が色濃く出るし、そのシーズンの一番最初に披露される重要なヴィジュアル。想像を掻き立てる ものばかりで興味津々!
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もちろん服だけではなく、車やスキー、ラジオや本、そして、ミュージシャンとのコラボTシャツ、まで、ポール・スミスのデザインワークすべてを網羅しているところが見所です。
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テムズ川を望む、とても気持ちのいい場所にあるミュージアムだったですが、来年から移転するそうです。帰りは、川沿いを歩いて駅まで行きました!
Design Museum
Shad Thames, London SE1 2YD
020 7403 6933
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2014年6月9日月曜日

グラン・パレに不思議な都市が出現!今年のMonumentaは、イリヤ&エミリア・カバコフ 

パリの美術館グラン・パレで2007年に始まった、13500平米もの広大なスペースを使って、世界中から選ばれた一人(一組)のアーティストが、その数週間限りの作品を展示するプロジェクト、Monumentaモニュメンタ。ブログでも、アニッシュ・カプーア、ダニエル・ビュレンの作品を紹介しました。
2011年、巨大なバルーンが埋め尽くすアニッシュ・カプーア http://www.vogue.co.jp/blog/taco/archives/12
2012年、カラフルな常夏のダニエル・ビュレン http://www.vogue.co.jp/blog/taco/archives/76

去年は残念ながらなかったのですが、今年の第6回目となる2014年は、ロシア出身のアーティスト、Ilya & Emilia Kavakov イリヤ、エミリア・カバコフが選ばれました。彼ら夫婦は、親日家であり、日本で何度も個展を開催し、2008年には高松宮殿下記念世界文化賞を受賞している、日本とゆかりのある人たち。

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イリヤとエミリアは、「ユートピアの世界のアイデアを考えていくうちに、芸術は文化の中に大きな位置を占めており、私たちの考えかたや夢、行動や思考のありかたを変えることができると思うようになりました。生活のしかたを変えることができるのです。」と語っているように、 この展示では、インスタレーションとして見せるだけではなく、会場に訪れた人たちの経験として残るような仕掛けがされています。現実の生活のリズムをゆるめ、心の動き、感覚や思い出に耳を傾け、毎日の生活から未来についても思考をめぐらせる契機となるように、二人の願いが込められた展示になってます。

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今回、彼らがグラン・パレの巨大なガラスのドームで下で繰り広げるのは、不思議な都市。ルネサンスや科学技術、近代からインスピレーションを得て、会場全体をある街にみたてて、8つの場所で構成されています。実際にそこを歩いていると、街の全体像がつかめなくて、自分がどこにいるか分からなくてぐるぐる迷いこんでいくのが楽しかったです。
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まずエントランスから導かれるのが、巨大なカラフルなドーム!ロシアの音楽家、アレクサンドル・スクリャーピンの創造した、色光ピアノから着想を得ています。この色光ピアノというのは、音に対して色を感じとる共感覚を持っていたアレクサンドルは、その色聴を元にして鍵盤に色相環を当てはめて考えだしたピアノ。20世紀前半に有名になったもの。
写真は、緑と紫ですが、赤、青、オレンジ、と様々に変化してました。期間中はこの場所で、音楽のライブも行われるイベントも催されているようです!

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それから、街には「からの美術館」「マナ」「宇宙エネルギーの中心」「どうやったら天使に会える?」「扉」といった5つの建物が見えてきて建物の中へ入ってみます。例えば、この「からの美術館」には、何にも飾られていないでスポットライトの光だけの空間。一昔前の古ぼけた美術館のようでした。
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「どうやったら天使に会える?」の建物内の様子。天使に会うための方法を提示してあるのですが、それが現実離れした発想でちょっと可笑しいと思う反面、その人間の盲目的に努力して行き過ぎた成りの果てが、実はすべて虚構だったという、とてもやるせない現実を突きつけられた思いです。科学の進歩がときに災いを引き起こすかもしれないという暗示を込めた作品。。

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奥には、「白いチャペル」と「暗がりのチャペル」が対照的に建てられてます。白いチャペルには、真っ白のキャンバスが敷き詰められ、所々に絵画が埋め込まれた広いスペース、そして、暗がりのチャペルは、写真のように、大きな絵画のコラージュがかけられてました。

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イリヤ・カバコフは、1933年、旧ソ連、現在ウクライナのドニプロペトロフスクに生まれます。美術学校へ進み、モスクワへ移住し、卒業後は絵本の挿絵を描いて生計を立てながら、冷戦下の抑圧された環境の中、公には発表できない作品をアトリエだけで作り続けていました。その後ソビエト崩壊とあいまって、彼の作品は80年代以降脚光を浴びるようになり、世界中で作品をしています。夫人のエミリアは、同郷のドニプロペトロフスクに1945年に生まれます。モスクワの音楽学校でクラシックピアノの学位を取得し、73年にイスラエルに移住し、75年からニューヨークでキュレーターとして活動しています。二人は、1989年から共同制作をはじめ、現在ニューヨークを活動拠点としています。

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生き急いでまわりが見えていないことに気づかせてくれた、体感的な大規模な展示空間でした!

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Monumenta 2014 : Ilya et Emilia KabakovL'Etrange Cité
6月22日まで
Grand Palais, Nef

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2014年5月27日火曜日

今年の真夜中の美術館めぐりは、グラン・パレでビル・ヴィオラの大回顧展!La nuit des musees

毎年恒例になっている、真夜中に美術館が無料で開放されるイベント、La nuit des musees 美術館の夜ですが、今年は、パリの真ん中のセーヌ川のほとりにある、グラン・パレに行きました。3月からすでに始まっていた、ビル・ヴィオラ展にどうしても行きたかったからです。グラン・パレはとっても広くて展示室をいくつも持っているので、同時に3-4つの展覧会を催しています。それぞれ入り口も別々になっているので、どこで何をやっているのか確かめていかないと、ぐるっと一周しないとたどり着けないってことにもなるので注意です。数時間並ぶのを覚悟で1時間半前に着いたら、誰もいなくて拍子抜けしてしまいました。
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 The Dreamers (détail), 2013 Madison Corn, Collection Pinault, Photo Kira Perov
ビル・ヴィオラのことは、私の世代以上なら知ってる人は多いと思います。大学生のとき森美術館の学生メンバーに入会していた私は、2006年のビル・ヴィオラのアジアで初めての大規模な回顧展だった、『はつゆめ』展に一人で何度も通っていました。現在は学生メンバーは廃止されてるようですが、入会金5000円で美術館へ何回も行けて、イベント招待やいろんな特典があってお得なシステムでした。大学で映像の撮り方や編集の方法を教わったことで、中高生の頃はほとんど体験したことがなかったビデオアート、メディアアートに、すごく興味を持ち始めたころだったので、この展示はとても印象に残っています。見たことのない新しい手法(とは言っても、作られた年代は、70-90年代のもあったので、私が知らなかっただけ)を使って、恐ろしくなるほど死の世界を感じて衝撃を受けました。それに、ビデオを見てるのに見てないような、瞑想しているような気分がしてくる、何とも奇妙な体験でした。
[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=Jg19GwNCJU0]
ビデオの展示は、最初から最後まで全部見ていると長いし、疲れるので、見たいものを順に選びながら進みました。今回の展示では、作品の名前、年代などのキャプション以外の説明はありませんでした。必要最低限にして、説明されすぎることによって、作品と直接向き合う機会を失わないように、そして各々が好きなように動きまわれるようにする、というビルとパートナーのキラの配慮からなのだそう。私は、時間かかってしまうのでいつも会場ではあまり説明を読まないで、見終わってから調べる方なので、解説文についての意図を考えたこともなかったです。それに彼らは、アートの批評は、解釈されすぎて、分析されすぎる傾向があるという理由で、あまり気にしないのだそう。

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 Ascension, 2000 Photo Kira Perov

特に10年前の記憶が今でも鮮明に残っていたのは、最後に展示されていた『Ascension』。水の中に人が落ちてきて水面に上がっていく、というのをスローモーションで見せている作品。森美術館では、水中を見立てた真っ暗な広い部屋に、とっても大きなスクリーンが4-5つくらい設置されていて、ランダムに人が落ちてくる、というものだったと思います。今回はスクリーンが一つだったのですが、メディアアートは特に、展示の方法で別ものに変化するのが面白いです。何も見えないので落ちる瞬間をとらえるのは難しく、いきなりバシャーンという音がしてびっくりして振り返ると、キリスト降臨のようなまばゆい光のしずくに包まれた人がいて、彼がゆっくり水面に上っていく=天に上っていくような様子だけを毎回目にするようになります。その水の中の光が本当に美しいのですが、ビルの作品では他にも水を使った作品が多くあります。それはビルが休暇で訪れた湖で溺れたとき、生と死との狭間で「今までの人生の中で最も美しい世界」の風景を体験したことにつながっています。
[youtube=http://www.youtube.com/watch?v=Ihoo3Z01paU]

今回初めて観た作品で面白かったのは、『Three Women』母親と娘二人と思われる三人の女性が、水の壁の粗い粒子の向こうの世界から、高画質のこっちの世界へやってきて、また戻っていく、という作品。高性能のカメラと、80年代のカメラを同時にまわして撮ったものなのだそう。
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Bill Viola, Fire Woman, 2005  Collection Pinault, Photo Kira Perov
それから、水と対照的な、火を使った、『Fire Woman』もものすごかったです。湖を囲む森の火事のような、暗闇の中で8メートルの炎の壁を背景に、女性が水にゆっくり後ろ向きに倒れていく作品。最後、倒れて水中に消えていく女性を追いかけるように、水面がズームアップされていき、そこにはどろどろの油膜のように炎のゆらめきが映りこみ、惹きつけられ吸い込まれそうで恐ろしかったです。

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Going Forth By Day (détail), 2002, « First Light » Weba Garretson, John Hay, Collection Pinault, Photo Kira Perov

ビル・ヴィオラは、ビデオアートの先駆者の一人。1951年ニューヨークに生まれのニューヨーク育ち。大学ではファイン・アートを専攻し、電子音楽を学び、ビデオに出会う。71年に最初の作品を発表し、その後ビデオ・アートの生みの親、ナム・ジュン・パイクのアシスタントとしても活動しました。80年にパートナーのキラと結婚し、その年に二人は日米文化交流のフェローシップとして日本に18ヶ月滞在、そのとき、ソニーの厚木にある研究所で、アーティストインレジデンスとしても迎えられていました。そこでは、仏教、日本の伝統文化や、最先端のビデオの技術などを学んでいた、という日本とも深い関わりのあるアーティスト。現在は、ロサンゼルスのロングビーチにある砂漠に囲まれたスタジオを拠点にして活動しています。

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初めてビルの作品を体験してから10年近く経って、今日ではビデオアートもメデイアアートも当たり前にどこでも観ることができるし、あの頃のような衝撃的な出会いはあまりしなかったのですが、10年前に遡って同時のことを思い出すことができました。ビデオを媒介にして、自分の内に潜んでいた記憶を呼び起こし、行き来できたことは面白い体験でした。これはたぶん、ただ目で観ただけではなくて、空間に一定時間いたことで全身で感じた、会場の重苦しい空気感や足で踏んでいく柔らかいカーペット、いすの座り心地の悪さなんかも合わさったことで、記憶に鮮明に刻まれたからなのかもしれないです。
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2014年5月17日土曜日

100周年を迎えたパリのシャンゼリゼ劇場!ニジンスキー、ピナ・バウシュによる『春の祭典』

ここ最近のブログでパリの1世紀前の建物や文化など懐古的な話が多くなってしまいましたが、今回は劇場の話です。パリにはオペラ座をはじめとして、今でも現役の古い劇場がたくさん残っています。逆に現代的な新しいものは少なくて、昔のものを大切にして使っている、そういうところもパリのいいところなんだと思います。そして、2013年に100周年を迎えたのが、シャンゼリゼ劇場、Théâtre des Champs - Elysees
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シャンゼリゼという名前がついているけど、凱旋門からコンコルド広場に向かってのびている賑やかな大通りのシャンゼリゼ通りにあるわでけはなく、そこから一本脇にそれた高級ブティックが軒を連ねる閑静なモンテーニュ通りに入って、セーヌ川がすぐそこに見えるところに位置しています。最近はオペラや音楽のほうに力をいれているような感じがしていて、コンテンポラリーダンス好きな私にとってはあまりなじみのない劇場です。たしか、最後に観たのは、ブランカ・リが明和電気とコラボレーションした「Robot!」。登場するロボットたちが全部かわいすぎでした。
2006年に公開された映画「モンテーニュ通りのカフェ」では、このシャンゼリゼ劇場の目の前のカフェに、劇場へ行き来するピアニストや女優などの人間模様が描かれていて、劇場まわりの雰囲気が味わえます。
[youtube=https://www.youtube.com/watch?v=hAF5RGL-VeA]
この劇場は、Gabriel Astrucガブリエル・アストゥリュク自身が莫大な資金を出して1913年に建設されました。ガブリエルは、1897年に音楽関連の出版社を創設。その後は、フランス国内のさまざまな劇場でコンサートやミュージカルを興行していた、舞台芸術のオーガナイザーとして活躍した人物。ガブリエルは、当時、舞台芸術界でとても影響力のあった人だったみたいですが、新しく建てたシャンゼリゼ劇場への投資によって、劇場が完成したその年に破産してしまい、その後は力を失ってしまったのだそう。全財産を投げ打ってまでガブリエルが建てたかった渾身の劇場が、一世紀を経た現在もパリの人たちに愛される劇場として残っていることが、とても感慨深いです。
1909年には、モダン・バレエの礎を築いた伝説のロシアのバレエ団、Ballets Russesバレエ・リュスを創設したセルゲイ・ディアギレフと出会い、パリでの初公演をシャトレ座で成功させました。そしてシャンゼリゼ劇場が1913年の5月に開館となりますが、そのこけら落としにもバレエ・リュスが選ばれました。プリンシパルダンサーだったニジンスキーが振付けを担当し、ストラヴィンスキー作曲の「Le sacre du printemps(春の祭典)」を発表します。
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初演当時の衣裳で再演されたときの写真。
[youtube=https://www.youtube.com/watch?v=BryIQ9QpXwI]
100年前の初演では、従来のバレエとあまりにも違い、その賛否両論で観客同士が殴り合ったり、野次で大騒ぎになった歴史に残る事件になりました。私は、クラシックバレエをほとんど観たことがなく、白鳥の湖やくるみ割り人形、って名前や音楽は知ってるけど、どんなストーリーでどんな振付なのか全然知りません。でも、ニジンスキーが振付した「春の祭典」は、クラシックバレエから想像できる、豪華な衣装で、優雅で繊細な美しさのイメージにほど遠いのが私にも分かります。
この100周年を記念して、シャンゼリゼ劇場では、3人の振付家によるそれぞれの「春の祭典」が上演されてました。まずはニジンスキーのバージョンの再演で、そのときの様子の映像がありました。また、ドイツの振付家、サシャ・ワルツも、100周年を祝して、新作「春の祭典」を発表。両方とも劇場に観に行けばよかったとすごく後悔。次の機会には絶対行きたいです。
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唯一観に行けたのは、ピナ・バウシュの振り付けによるヴッパタール舞踊団の公演。日本でも何度か上演されているし、ヴィム・ヴェンダースのドキュメンタリー映画でも登場している有名な作品です。

[youtube=https://www.youtube.com/watch?v=J4qm1wyzHwI]

席で待っているといきなり舞台には、土を目一杯詰め込んだ大きな荷車が運ばれてきました。どしん、どしんと、舞台に土が敷き詰められていき、二階席の舞台に張り出したバルコニーの席だったので、土の香りがほんわりとしてきて、それを身体に吸い込んで、シャンゼリゼ劇場に溶け込んだ気分で観てました。

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劇場の話に戻りますが、この建物は、オーギュスト・ペレ建築のコンクリートと大理石の劇場です。ペレについては以前のブログでも触れているので読んでみてください。→http://www.vogue.co.jp/blog/taco/archives/585
クラシックとアール・デコの混ざった内装で、フランス人画家3人がインテリアを担当。公演が終わったあと、館内を探検してみました。正面入り口からは、バレエやオペラなどが行われる写真にあるような大ホール。右のほうにもう一つ入り口があって、そこでは、演劇のホール、コメディ・デ・シャンゼリゼになっているのですが、まだ行ったことがありません。

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外壁は真っ白で、20世紀を代表するフランスの彫刻家アントワーヌ・ブールデルによるファサードで飾られてます。
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年末に、パレ・ド・イエナで行われていた、オーギュスト・ペレ展で展示されていた設計図の一部。
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携帯のパノラマアプリで撮ってみました。雰囲気伝わりますか?
豪華絢爛なオペラ座までとはいきませんが、螺旋階段や照明、劇場内の色使いもかわいらしく、見所いっぱいでした。公演が行われていない日は、見学ツアーも開催されているみたいです。
他の劇場と違って、安いチケットがあまりないので、チェックするのを忘れてしまいがちなのですが、来シーズンの予定もすでに発表されたようなので、早速調べてみようと思います!

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